「調香師たちを啓発するいい方法はないかしら。調香師たちに何か面白い講義でもしてくれる気はない?」

「冗談じゃない。人に何かを教えたり話をするのが大嫌いだから大学時代に教職単位も取らなかったわけだし、見えないものではあるけど、仮にも、ものを創るという姿勢であるべき連中にそんなことが必要だと感じるということは、おたくの会社も終わってるねぇ…」

最近、二、三度つれあいとの間でこのような会話があった。つれあいは、某社の30名以上いるファインフレグランスの調香師たちのボスである。彼等の給料やボーナスを決めることも仕事のうちだが、大きなプロジェクトの割り振りを決めたり、ライバル社から有能な調香師を引き抜いたりといったようなことも彼女の役割だ。お小遣いをあげたり、宿題の面倒をみたり、愚痴を聞いたりと、言わば調香師たちの母親のようなものだな、と、言って時々からかうことがある。子供の学校や塾での成績が悪いと母親が心配するのと同様に、調香師の仕事に閃くようなものがしばらく無いと心配するらしい。

「クライアントがくだらない仕事しか頼んでこないのだから仕方がないのじゃないかな。」と、いうようなつっけんどんなことを言った記憶もある。自己完結してしまうアーティストの仕事とは異なり、香水はクライアントとの協調関係で作品が出来上がるものだから、ロレアルやエスティーローダーが退屈なコンセプトの仕事を頼んでくる限りは、調香師がなかなか本領を発揮できないのも致し方のないことだ。素晴らしい施主と出会ったことがきっかけで世界的な名建築をデザインした建築家の例がいかに多いかという事実からもわかるように、作り手の才能を生かすも殺すもクライアント次第。キャバリエにしろ、グロスマンにしろ長年名作を生み出せないでいるのは、香水業界がアメリカ的な目先の収益しか考えられない体質になってしまったからだろう。アメリカが鉄屑みたいな車しか作れないようになってから数十年経つが、ロレアルやエスティーローダーが牛耳っている香水業界も同じ道を辿っているようだ。

極論であるが、今後はこれら大手の化粧品会社の生産する香水を作っていくに当たり調香師は必要がないと言っても過言ではない。すでにジボダンやフィルメニッヒのような大手香料会社には莫大な量のデーターがあり、この無限に蓄積されたデーターから機械的にクライアントの希望する香料の成分を出せるようになるはずだ。そうなった場合、もともと数の多くない調香師という職業の行く末はどうなるのだろう… この難問を切り開くのにこそ閃きが必要なはずだ。残念ながら、メナルドやクルクジャンのような才気溢れる調香師たちにもこの業界に新地を切り開くような才能は無さそうだ。こういった閃きは意外なところからやってくるのかもしれない。

Written by:

A sculptor living in New York

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